2005年05月31日

「電車男」を観る

有楽町よみうりホールで話題の『電車男』の試写を。

「電車男」のことは、書籍化以前にまとめサイトで知っていたんで、
それがそのまま書籍化されたということで勿論未読。
どんな感じに映画化されるんだろうとちょびっと興味あったんですが、
いやー、これがかなり面白い。
特に前半が素晴らしい出来映え。
スレの臨場感が巧みに映像化されていて、
思わず笑わされるシーンが随所にあって。
勿論電車男の戸惑いや不安もきっちり描出。

た だ し !

後半がダメ、全然なってない。
前半が余りにも良い出来だっただけに、
後半のグタグダが本当に惜しまれますな。
山田孝之のヲタク青年っぷりは必見でしょう。

とりあえず、この映画を観る前に電車男の一連のスレを保存した
まとめサイト 「男達が後ろから撃たれるスレ 衛生兵を呼べ」
を一通り読んでおくと、もの凄く楽しめるかと思われます。
このまとめサイトには「電車男」だけじゃなく、
毒男達のネタか本当かわからないような
嬉し恥ずかし話や切ない話が揃ってますんで、
「電車男」しか知らない人はかなり楽しめます。
とりあえずあなたが毒男なら、 嫉妬の絨毯爆撃に晒されるのは必至なんで、
衛生兵の手配をしてから読みに行くべし!

作品についてはINTROで詳しく取り上げる予定です。

posted by 仙道勇人 at 00:10 | Comment(0) | TrackBack(2) | 試写報告

2005年05月29日

ベルセルク256話『決闘(DUEL)』

 柱の存在をものともせずに、ガッツの振るうドラゴン殺しがセルピコに襲いかかる。それでも、 剣撃の威力を弱めるには十分なものだった。セルピコはある時は柱を楯に、 またある時はドラゴン殺しが柱を喰らうのを見定めて反撃を繰り出していく。 全てはガッツとドラゴン殺しの力を見極めた上で周到に練られたセルピコの計算の内だったのである。そして、縦横の動きを封じられたガッツが、 やがて「突き」を仕掛けてくるであろうことも。

 自身の使う細身の剣では狂戦士の鎧を貫くことは不可能――それがわかっていたセルピコは、ガッツが繰り出すであろう突きを躱せさえすれば、僅かな急所を狙うことができると踏んでいたのだ。そして、その狙い通りに会心の一撃をガッツに放つセルピコ。だが、それはガッツの鋼鉄の義手によってあっけなく阻まれてしまう。セルピコの狙いを読み切っていたガッツは、握りを逆にすることでセルピコの攻撃を難なく躱してみせたのである。

 攻守共に圧倒的な力量を見せつけるガッツと対峙したセルピコは、その強さを改めて認めざるを得ない。だがそれでも、攻撃の手を緩めるわけにはいかないのだ。セルピコは思う。これまでの自分は――環境に順応し、与えられた立場を全うすることを自身の流儀とすることで、理不尽の中に平穏を保っていた自分は、単にそうすることで心を麻痺させていただけにすぎなかったことを。そして、ガッツと旅をする中でファルネーゼが変わったように、自分もまた変えられていたことを。セルピコはファルネーゼがガッツに変えられていくことに無力感を募らせる一方で、それが嬉しくもあった。だが、だからこそファルネーゼが狂戦士化したガッツの手にかかることだけは許すわけにはいかないのだった。それこそがこの愚行とも言える無謀な決闘を挑んだ理由だったのである。

 既に周囲の柱はガッツの振るうドラゴン殺しによってあらかた切り崩され、セルピコが躱せる余地は限界に達そうとしていた。覚悟を固めるセルピコに、ガッツのドラゴン殺しは容赦なく襲いかかってくる。その横薙ぎの一閃を、セルピコは下半身を持ち上げるようにして辛うじて躱してみせる。すると同時に、天井が音を立てて崩れ始めた――。セルピコの真の狙いはまさにこれだった。支えを失って天井が落ちてくる瞬間に、ガッツに隙が生じることを期していたのである。……だが、ガッツは全く動じることはなかった。ドラゴン殺しの腹を頭上に掲げるように持ち替え、降りかかってくる瓦礫をものともせずに、そのままセルピコに一撃を見舞わすのだった。 

 


長かったー。待ちに待ったガッツVSセルピコ戦!
やはりセルピコの策士ッぷりが際立ちますな。
ただ、それ以上に凄まじい強さを見せつけるガッツがとにかく圧倒的。
なにせドラ殺で「突き」ですからねえ〜。
普通の人間じゃできない芸当ッス。
人間離れしているのは相変わらずですが、
やはり踏んでる場数が違いすぎるといった感じですな。
セルピコもかなり頑張ってはいるんですが、
クレバーではあってもやはり机上の想定に基づいているので、
想定を越える動きをされた場合、
どうしても対処できない部分が出てしまうのは
やむをえないのかもしれんです。
「突き」を誘って急所を狙う戦法を阻まれた時は、
まだ最後の「天井落とし」が残っていたので
そこに望みを託す方にシフトできましたが、
それをああいう形で阻まれてしまった以上、
この勝負はガッツの詰め勝ちといった感ありです。

まぁ、セルピコ自身勝てると思って挑んだ勝負ではないでしょうが、
やはりマカラ戦後に暴走してこちらに刃を向けてきた
狂戦士化ガッツの姿がよほど戦慄的なものだったのでしょうなあ。
一旦戦列を離脱した以上、あれの危険に再び近づけさせたくない
というセルピコの気持ちはわからなくはない。
ファルネーゼがガッツに惹かれていることを知っていれば尚更でしょうし。

また、ここで仮に自分がガッツの手にかかったとしても、
それはそれでファルネーゼをガッツから
決定的に引き離す要因になるということを
踏まえた上での決闘申し込みとも考えられますね。
勝っても負けても、ファルネーゼから危険を排除できるという点で、
或いはこの決闘、ガッツが申し出を受けた時点で
セルピコは勝利を確信したかもしれんです。
ただこれは、ガッツがとどめを刺すほどの非情な男である
という想定に基づいたもの。
対ロシーヌ戦時の黒ガッツの頃なら、間違いなくそうしたでしょうが、
今のガッツではそこまで非情にはなれないような気がします。
セルピコやファルネーゼが旅を通じて変わっていったように、
ガッツもまた、彼らと旅をする過程で変わっていったことに
彼はどうやら気がついていないみたいです。
恐らく最後に振り下ろされようとしているドラ殺は、
嘗てグリフィスと対峙した時にガッツがそうしたように、
寸止めされてセルピコの完敗という形で
決着がつくような気がしますが果たして如何に。

それにしてもラストカット、
ドラ殺の腹をセルピコに叩きつけようとしてますが、
切られるよりも更に凶悪な殺し方だと感じたのは自分だけっすか?
蝿とかゴキブリみたいに叩きつぶされるって
想像しただけでちょっと……(笑)。

posted by 仙道勇人 at 13:08 | Comment(0) | TrackBack(4) | ベルセルク

2005年05月24日

「クローサー」評

INTROに 「クローサー」評/『荒地を彷徨う寂しいカケラ達』をアップしました。

これから読んでみようかなーと思われている方へ。
最後に「マグダラのマリア」が云々という妄想気味の言及がありますが、
あんまり気にしないでやってくださいませ。
思いついたんで勢いで書いてしまったんですぅぅぅぅ(ヨヨヨ

……面白そうなことならなんでもよかった。

今は反省している。

こんなだから俺はいつも頓珍漢と呼ばれるんだな。。。○| ̄|_



 

それにしてもクライヴ・オーウェンってぱっと見たとき
この人を思い出してしまったのは自分だけっすか。




って、ハッ!!



また頓珍漢なこと書いちゃってますですか。
そうですか。。。。。○| ̄|_


しかし、ロンドンか……。随分変わったような気がするなあ。

「クローサー」 2004年 アメリカ
監督:マイク・ニコルズ
原作戯曲/脚本:パトリック・マーバー
出演:ジュリア・ロバーツ ジュード・ロウ ナタリー・ポートマン クライヴ・オーウェン
http://www.sonypictures.jp/movies/closer/

 

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posted by 仙道勇人 at 01:20 | Comment(4) | TrackBack(0) | 日記/つぶやき

2005年05月20日

「バタフライ・エフェクト」を観る(From MM)

くそ、やられたっ!
 
これ、本作を観終わった直後のワタクシめの率直な感想です。
 
この作品は、ぶっちゃけ話に「深さ」はないんです。
 
が、そんなことを吹っ飛ばすくらいくらい「語り」が上手いんすね。
 
良い酒に気持ち良く酔わされた――そんな賛辞がほんとにしっくりくる作品で、 なんだか久しぶりに良質のSFを味あわせて貰った気分で実に後感のよろしいのです。
 
物語はと言いますと、少年時代から「記憶の断絶」という原因不明の症状に悩まされていた主人公・エヴァンが、 長じてその症状に秘められた真実を知り、その力をなんとか有効に使おうと悪戦苦闘するというもので、かなりシンプルな構図。
 
ただ、その「力」というのが「過去の自分に一時的に戻れる」というものだったために、 その力の行使によってエヴァンの予想を超えた事態が次から次へと降りかかるんですね。
 
つまりこれ、SFの古典的なネタの一つである「タイムスリップ」モノなんです。
 
本作の素晴らしいのは、この古典的なネタである「タイムスリップ」ものに切り離せない「タイムパラドックス」を、整合性をとるのではなくて、 寧ろ逆手にとって様々な形で主人公に直撃させている点ですね。
 
まさにカオス理論でいう「バタフライ効果」のように、ちょっとした過去の改変が「そんなはずではなかったのにっ!」 という予想外の未来の変容をもたらすわけです。
 
過去を改変するという大罪を犯すたびに、哀れなエヴァンはとんでもない事態にガンガン陥っていくんですが、彼の行動原理は私利私欲(まぁ、 私欲と言えば私欲なんですけども)ではなく、愛する人々への純粋な想いである点が、もうなんともたまらんわけですよ。
 
善意によって、愛する人々を地獄のどん底に突き落としていくわけですから。
 
事態がとんでもない方向に行けば行くほど、善人であるエヴァンはなんとかしてそれを修正しようと躍起になって、 それがまた新しい地獄の蓋を開けることになる皮肉。
 
でもそんな彼の姿から、人間のどうしようもない愚かさと素晴らしさが、自然な形で透けて見えるんですね。
 
しかもこうした一切が、実は幕切れに至るための壮大な前振りみたいなもんなんです。
 
実は本作のオチって、ラスト10分くらいからもうバレバレなんですよ。
 
話の流れ上、そうするしかないというところにまでもってかれてしまうんで。
 
ただ、明らかにオチが見えていながらも、その結末が実際に訪れた時にきっちりカタルシスがくるというミラクル。
 
これはもう、最高に心地好い予定調和なんです。
 
物語そのものが、この結末に向かって鑑賞者を誘導するよう実に巧みに組み立てられてるんで、エヴァンの最後にとる行動に 「(おとこ)やのぅ」 と思わずにはいられなくなるという……。
 
本作のキャッチコピーが言うように、「映画史上最も切ないハッピーエンド」であるかはともかくとて、 本作の鮮やかな幕切れに切なーーーーーーい気持ちがこみあげてくるのは間違いないでしょうね。
 
音響と映像も凝っているので、ぜひ劇場で観ることをお勧めしたい一本であります。

 

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posted by 仙道勇人 at 05:12 | Comment(10) | TrackBack(97) | メールマガジン

2005年05月19日

「キングダム・オブ・ヘブン」を観る

ハリウッドの出世魚、オーランド・ブルームが
遂に主演を張った「キングダム・オブ・ヘブン」をシネコンにて。

うーん、そんなに期待はしてなかったんですけれど、
やっぱり期待値並みの凡庸な作品だな、こりゃ。
リドリー・スコットもどうしちゃったんだってくらい演出に精彩を欠いてるし。

筆者はこのブログで「ベルセルク・レビュー」なんぞを書いているように、
中世を舞台にした物語って結構好きなんすね。
だから、この作品の圧倒的な迫力を見せる攻城戦やら
人海うごめく合戦シーンを観られただけで、
とりあえずお腹いっぱい、満足ぢゃみたいなところはあるんですが……。

それにしたってこの作品は物語が弱すぎる。
物語の背骨がおっそろしく細いから、
軸になる部分がいつまで経ってもはっきりしないんすね。
その上キャラクターも魅力に乏しいってんじゃ、
終始グダグダになって当然ですわなあ。

オーランド・ブルームは確かにかっこいいけど、
主役を張るほどの役者ではないという印象が強く残りますな。
演技云々ではなくて、彼には「存在感」が決定的に欠けてるんですね。
画面に映るだけでこちらに何かを期待させるような華も感じられないし。
正直、彼はこれからスランプに入るんじゃないかという気がしますた。
「ロード・オブ・ザ・リング」のレゴラス→「トロイ」のパリス王子
→そして、本作「キングダム・オブ・ヘブン」のバリアン卿と
いずれも時代劇にしか出演していないってのも微妙な感じだし……。
こういう風に一定のイメージを押しつけられた役者さんってのは、
そのイメージに縛られがちですしね。
現代劇に出演したときに、これまで彼が築いてきたものが崩壊しなけりゃいいですが。

とりあえず中世の合戦に興味があるとか、
そういったマニアックな趣向を持った人以外には
余り楽しめない作品のように思われます。
とりあえず次号のメルマガでもう少し突っ込んだレビューを書きますので、
興味のある人は是非登録してみてくださいね。

┏━━━━━━━━━メルマガから転載━━━━━━━━━━━━┓

 本作は、聖地エルサレムの占拠を果たしていた第二次十字軍の時代、
 温厚なイスラエル国王ポードワン4世の統治によって辛うじて保たれ
 ていた和平が王の病死によって危機に陥る。跡を継いだギーの無謀
 な攻撃により十字軍は大敗を喫し、エルサレムはその奪回を目指す
 サラセン王サラディンに包囲されてしまう。その数20万。この窮地
 に敢然と立ち向かうことになる一人の若き騎士バリアンの姿を描い
 たもの。
 
 
 いやー、ド迫力。ただひたすらにド迫力の映画であります。
 
 この作品はもう、ちにかく巨大スクリーンと最高峰の音響システム
 で観るに相応しいド迫力スペクタクル映画ですなあ。
 
 「グラディエイター」のリドリー・スコットだけに、合戦や白兵戦、
 野戦の迫力と臨場感はお手の物って感じで実に手慣れたもんです。
  
 とにかく凄いのが血の描写。
 
 本作はいたるところで血飛沫がドッパドッパ、ピュッピュッと迸り、
 そりゃあもう気持ち悪いくらいデス(苦笑)。
 
 が、本作の見どころは、やはり何と言っても後半のエルサレム攻城
 戦の圧倒的なスケール感に尽きますね。
 
 ここまで緻密に攻城戦を描出した作品ってのはあまりないんじゃな
 いでしょうか?
 
 投石器から射出される岩弾の迫力やら、わらわらと押し寄せてくる
 大軍勢の様相やら何やら、現場にいるかのような途方もない臨場感
 を味わえます。
 
 合戦の模様なんかはしばしば上空からが映し出されるんですが、3
 0000人ものエキストラを動員しただけあってもう壮観の一言。
 
 いやもうね
 
 見ろ!人がゴミのようだっ!!
 
 と言いたくなるような、人・人・人の未曾有の映像体験と言ってい
 いんじゃないかと思います。
 
 ただ、本作の見どころってそれくらいなんですよね。
 
 どうも物語そのものが舌足らずで、ひじょーーーーーに適当かつい
 い加減な感じで。
 
 いや、確かにオーランド・ブルーム扮するバリアン卿、めっちゃか
 っこいいですよ。
 
 まともな兵力が殆ど残されていない中で知力と勇気に活路を見出し
 て、20万もの敵勢に一歩も怯むことなくエルサレムに籠城して迎
 え撃つわけですから。
 
 でもですね、このバリアン「卿」、身分的に騎士に叙せられちゃい
 ますが、もともと「ただの鍛冶屋さん」なわけですよ。それもメチャ
 クチャ寂れた寒村の。
 
 もしかしたら字の読み書きもできないかもしれない、そんな人間が
 なんで完璧な攻城戦の戦術の数々を熟知してんのよ?!と。
 
 ぶっちゃけた話、万単位の大軍を見たことだってそんなにないだろ
 うし、攻城戦用櫓、投石器、何もかもが初めて見聞することばかり
 のはずなのに、なんであなたそんなにも完璧に指揮できるですか?
 と。
 
 そこら辺に関するまともな説明もなければ、心理描写も一切ないん
 ですよね。
 
 これじゃまるで、危機に瀕したジャンプ漫画の主人公が「覚醒」し
 ちゃって大活躍みたいなもんで、もう全然説得力ないんですわ。
 
 正直、映像の迫力でもの凄い誤魔化してんなーという印象しか残ら
 んのですよ。
 
 もう一つの問題は、脚本を書いた人間が「英雄譚」の基本構造を全
 くわかっていないことでしょうね。

 と言うか、「英雄否定」なのに典型的な「英雄譚」の枠組みを用いよ
 うとしているからおかしくなるんでしょうな。
 
 「英雄」っていうのは、もの凄く大雑把に分けると
 
 「勝ち取った者」と「守った者」
 
 この二つに分類できるわけですが、いずれにしても「何」を目的に
 しているかを明示しないとどうしたって物語に乗り切れないんです
 ね。
 
 本作のバリアン卿は典型的な後者なわけですが、単純に「聖都エル
 サレムの守護者」というだけでなく、「父の遺言=真の騎士道の実
 践者」としてその範を守ろうとする者としても描かれるにもかかわ
 らず、二つの目的の重ね合わせが等閑この上ないんです。
 
 父親に対する心理描写も殆どないんで、なんで彼がそこまでして「
 父の遺言」に忠実であろうとするのかよくわからんのは言うまでも
 なく。
 
 そこに向かわずにはいられない人々の切実な祈りのような、「エル
 サレム」の価値と意義が見えにくいんで、そこを必死になって守ろ
 うとする人間に感情移入は殆どできないですし。
 
 攻城戦前に騎士ティベリアスが十字軍遠征に対して述べる「結局は
 富と土地の為だった」という痛恨の述懐や、戦の終結時にサラディ
 ンがエルサレムの価値を「何もないが、全てである」と断言する台
 詞にも、印象的ではあっても重みが全く感じられないんですよね。。
  
 勿論、テーマがテーマだけに一方の立場を賞揚するのは避けたかっ
 た、というのは十分に考えられることではあります。
 
 事実、このエルサレム攻城戦は都市を真上から映すカメラがぐんぐ
 ん引いていって、双方が入り乱れて戦う様子を俯瞰ショットで収め
 る形で幕が降ろされるのですが、このショットは明らかに「神」の
 視点を意識したものですから。
 
 このカットに込められた、「神」の眼から見れば地上の争いが如何
 に愚かなことか、というリドリー・スコットの意図はよくわかるん
 です。
 
 実際、この俯瞰ショットで映される人々の姿は、途方もない規模で
 「おしくらまんじゅう」をしているようにしか見えなくて、かなり
 滑稽なので。
 
 ただ、そうした戦争の不毛さ、宗教的対立の愚かさを「物語」、特
 に「活劇」という形で昇華し得ているかと言えば、大いに不満が残
 ると言わざるを得んでしょう。
 
 流石のリドリー・スコットも今回ばかりは荷が重すぎたかな、とい
 った感じの作品でありました。

┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━転載終わり━┛

「キングダム・オブ・ヘブン」 2005年 アメリカ
監督・製作:リドリー・スコット
脚本:ウィリアム・モナハン
出演:オーランド・ブルーム エヴァ・グリーン ジェレミー・アイアンズ
    ブレンダン・グリーソン マートン・ソーカス デヴィッド・シューリス
    リーアム・ニーソン ハッサン・マスード エドワード・ノートン 他
http://www.foxjapan.com/movies/kingdomofheaven/

posted by 仙道勇人 at 05:56 | Comment(24) | TrackBack(60) | 劇場鑑賞報告

2005年05月12日

「魁!!クロマティ高校」を観る

昨日は映画美学校試写室にて「魁!!クロマティ高校/The Movie」を。

「魁!!クロマティ高校」(以下『クロ高』)と言えば、
池上遼一を彷彿させる劇画調のキャラクターが
ナンセンスでシュールなギャグを繰り広げる漫画でして、
連載当初はその余りにも違和感ありまくりな画風から、
すぐに打ちきりだろうなーこれ、と誰もが思ったであろうはずなのに、
気がついたらアニメ化とメディアミックスの王道を闊歩する異常事態に。
で、その大人気同名漫画が遂に映画化しちゃったものだから、さぁ大変。
「クロ高を実写化」と聞けば多くの人が

マヂっすか?! ありえねぇー(ププ

と思うのではないでしょうか。
んなことない?
まぁ、確かにアニメ化もされているんで
実写に出来ないことはないでしょうが、
やはりあの独特のテンポとリズムが醸し出す
笑いは実写じゃ厳しいんじゃないかと。
まぁ、そう思った次第で。

で、内容なんですが、いやー、これが
原作を忠実に映像化していてかなりビックリ。
あのキャラクターがそのままスクリーンに現れてました。
えぇ、フレディやらメカ沢君に至るまで
原作通りのイメージを殆ど壊すことなく実写化してるんで、
原作ファンならそれだけでお腹いっぱいになれるかもしれんです。
話の内容も主人公神山がクロ高に入学するところから、
原作の美味しい回を抽出・上手く再構成していて実に手堅くまとめてます。
オリジナルも入ってるんですが、あんまり違和感ないですし。
キャスティングも結構ツボ突いてますんで、
とりあえず、ファンの人は行っとけという感じの作品でありました。

あぁ、でも「『クロ高』?なにそれ??」という人は間違っても観ないように。
この作品は原作を愛する人向けの超マニアックな作品なので。


『魁!!クロマティ高校』 2005年 日本
原作:野中英次「魁!!クロマティ高校」(週刊少年マガジン連載中)
監督:山口雄大
構成:板尾創路
脚本:増本庄一郎
主題歌:「RUN☆BAKURATEN☆RUN」氣志團(東芝EMI)
出演:須賀貴匡 虎牙光揮 山本浩司 渡辺裕之 高山善廣 板尾創路
    金子昇 島根さだよし ロバート(秋山竜次 馬場裕之 山本博)
    増本庄一郎 遠藤憲一 高知東生 津田寛治 坂口拓 武田真治
    かないみか 小林清志 阿藤快 他
http://www.kurokou.com/
夏休み、シネセゾン渋谷、シネ・リーブル池袋他にてレイトロードショー


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posted by 仙道勇人 at 13:49 | Comment(2) | TrackBack(17) | 試写報告

2005年05月01日

「エレニの旅」を観る

さて、アンゲロプロス御大の待ちに待った新作が
このほど封切られましたので、行って参りましたシャンテシネ。

物語は1919年の赤軍占領下のオデッサから脱出し、
難民として故郷にたどり着いたギリシャ人の一団のリーダー格の男に
孤児として拾われた少女、エレニが辿ることになる運命を描いた悲劇。

最初にぶっちゃけちゃえば、
個人的には前作「永遠と一日」の方が較べられないくらい好きですな。
まぁ、「永遠と一日」が私的ベストムービーだからってこともありますが。
あと、音楽がねー、「永遠と一日」と殆ど変わり映えしてなくて、
「永遠と一日」のサントラを持っている人間としてはちょっとがっかり。
あ、あと黄色の雨合羽ーズも出ていなかったな、そう言や。
まぁ、これは別にいいんだけれども。

基本的に、前々作の「ユリシーズの瞳」の時もそうだったんだけれど、
アンゲロプロスは「歴史」を前面に出すとどうも画面が恐くなると言うか。
なんと言うか、登場する人物が没個性化されて、容易に近づけなくなってしまうと言うか。
紡ぎ出される物語だけではなく、描き出される感情すらも
無限大に普遍化され拡散されて、容易に掴めないとでも言えばいいのか……。
いやいや、勿論描かれているものはよくわかるんです。
わかるんだけれども、自分に引きつけられないような
ある種のよそよそしさを覚えてしまうのは自分だけですかね。

……ただ、それを退屈というレベルに堕することなく、
アンゲロプロス特有の緊張感という形で画面に漲らせてしまうのは
さすが……って言うか、もうなんて言うか、ありえないんですよね、全てが。
映し出されるワンシーンワンシーンに名状しがたい凄みがあって、
とにかくもう圧倒されてしまうんですわ、うわ、なんだこれってな感じで。
例えば、冒頭でエレニの育った寒村を映すシーンがあるんですが、
カメラが徐々に引いていってやがて俯瞰ショットになって、
村全体が映し出されるんですね。
もうね、この俯瞰ショットだけでなんだか知らないけどスゲーって感じなんだよね。
それは例えば村のリアリティがどうだとかってことは言えるんだけれど、
そういった説明を凌駕する途方もない実在感に打ちのめされると言うか……。

そういう印象深いシーンが、この作品には凄くたくさんある。
楽団流の歓送迎シーンとか、悲壮な覚悟のエレニをみんなで励ますシーンとか、
黒い弔旗を掲げて去っていく一群の船団とか、
アレクシスとエレニの別れのシーンとか……。
中には余人がやったなら「臭い演出」として
一笑に付されてしまうようなのもあるんだけれど(急に踊り出したりとかねw)、
なんの外連味なく極平然と、一切を同一のベクトルで
描き切ってしまっているがゆえに違和感も覚える隙がないのですわ。
これはもうはっきり言って、一幅の絵なんですね。
ワンシーン・ワンシーンがそれ自体である美しさを湛えた
絵画の領域に入ってるとでも言いますか。
ただひたすらに"視ること"を要求し続ける作品とでも言いますかね。

とにかく、アンゲロプロスお馴染みの長回し超ロングワンショットといい、
状況説明を一切省いた"場"の接続といい、それらすべてが全く破綻することなく
一つの作品に見事に収まっているという意味で、
映像表現の極北を行く作品なのは確かでしょう。
詩的映像というものがどういものかを体感したい人は必見の一本ですな。
とにかく凄まじいですから。
現代でこんな作品撮れる人はアンゲロプロスをおいて他にいないです。

ちなみに、この日の開演前の予告編では
本作に因んで「愛」をテーマにした予定作がセレクトされていたんですが、
これがなかなか秀逸なセレクションで。
ハリウッドのナンパ系作品(「最後の恋のはじめ方」)から
硬派系(「アルフィー」)、ヨーロッパの硬派系(「モディリアーニ」)と続き、
最後にゴダールの新作「ノートル・ ミュージック」がババーン。
このゴダールの予告編の音楽が素晴らしく印象的でねえ。
この作品は是非観てみたいと思いますた。

posted by 仙道勇人 at 21:28 | Comment(4) | TrackBack(14) | 劇場鑑賞報告

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