2005年06月29日

「ダニー・ザ・ドッグ」を観る(From MM)

◆ 今度のジェット・リーは一味違うぞっ!

 殺人マシーンとして育てられ、戦うことしか知らなかった青年ダニー(ジェット・リー)が、 人間として目覚めていく姿を圧倒的なアクションと共に描いた本作。
 
 リュック・ベッソン×ジェット・リーは「キス・オブ・ザ・ドラゴン」以来の顔合わせとなるわけですが、相変わらずのリュック・ ベッソン的クオリティが炸裂しまくりです。
 
 とにかく脚本に突っ込みどころが多すぎて、数え上げたらきりがないんですわ。
 
 でも、脚本の至らなさをアクションシーンとテンポの良い演出で、可能な限り帳消しにしたルイ・テリエ監督は本当に天晴れ!
 
 設定の薄っぺらさをものともせず、アクションとドラマの双方をたんと見せてくれます。
 
 この作品で注目したいのは、なんと言ってもジェット・リーその人ですね。
 
 「HERO」でクルクル踊らされていた彼ですが、本作ではカンフーの達人ではなく、我流の狂犬として気持ちいいくらい大暴れしてて、 久々に彼の体技を堪能できること請け合い。
 
 アクション振り付けを担当しているユエン・ウーピンが、最低限のワイヤーアクションで最大限の効果を引き出していて、ジェット・ リーという素材を活かした本当に良い仕事をしてます。
 
 でも、この作品で言うべきは、彼のアクションシーンではなくて、普通の「演技」の方。
 
 本作の彼は、首輪を嵌められ薄暗い地下室で飼われている孤独な青年という役どころ。
 
 そんな彼が盲目の調律師サム(モーガン・フリーマン)とその養女ヴィクトリア(ケリー・ コンドン)との暮らしの中で少しずつ人間性を回復させていく、という難しい演技に挑戦してるんです。
 
 まぁ、やっぱりぎこちないっちゃぎこちないです。
 
 が、「闘犬」 として扱われているときの無表情とそこから脱却していく過程で見せる生き生きした表情の対比が本当にイイ味を出しとるんですよ。
 
 「英語が不得手」「繊細な感情表現、殆ど経験なし」というジェット・リーだからこそ、その「素の不器用さ」 がダニーというキャラクターにリアリティを添えとるんですな。
 
 特にジェット・リーが時々見せる、子供のように無邪気な表情や仕草がたまらなくイイのです。
 
 描かれるのはスーパーで買い物するとか、学校の帰りに寄り道して買い食いをするとか、本当に些細なことばかり。
 
 そんなありふれたことにも初めて接して喜ぶダニーの姿からは、「普通」 であることの素晴らしさ・かけがえのなさがストレートに伝わってくるんですなあ。
 
 ただ、そんなヒューマンな部分に拘った作品なので、幕切れにアクション映画的カタルシスはありまへん。
 
 幕切れそのものは凄く印象的ではあるんですが、細部の浅さ・ 詰めの甘さのせいで、問答無用に胸を打つというレベルにまでは至っていないのがつくづく惜しまれますね。
 
 まぁ、この余韻を殆ど感じさせないところが、リュック・ベッソン的クオリティの悲しい限界なのかもしれませんけど。


ダニー・ザ・ドッグ 2004年 フランス=アメリカ
  監督:ルイ・レテリエ
  脚本:リュック・ベッソン
  出演:ジェット・リー,モーガン・フリーマン,
     ボブ・ホスキンス,ケリー・コンドン,マイケル・ジェン,
     ヴィンセント・レーガン,ディラン・ブラウン 他
http://dannythedog.jp/



Powered by Mag2 Logo
posted by 仙道勇人 at 20:33 | Comment(0) | TrackBack(6) | メールマガジン

2005年06月18日

ベルセルク257話『教圏の宗主』

瓦礫が降りかかる中、ガッツのドラゴン殺しが容赦なくセルピコに振り下ろされた。――だが、 瓦礫を避けるためにドラゴン殺しの腹を頭上に向けていたことが幸いして、セルピコは死を免れたのだった。 意識を取り戻したセルピコはガッツに問う。「まさか崩れる柱を利用するとは……読んでいたのですか?」しかし、ガッツは「たまたまだ」 と言葉少なに答えるだけなのだった。

決着がついたことを見届けたシールケは、セルピコを介抱しながら徐に語りかける。「私、絶対にそんなことさせませんから。絶対に……だから… …」沈黙したままその言葉に耳を傾けていたセルピコは、それに答える代わりにガッツに問いかける。「あなたはファルネーゼ様に会って…… それでどうなさるおつもりですか?」と。しかし、ガッツはただ「分からねぇ。とにかく会う。そう決めた」と答えるのみ。 セルピコはそんなガッツを見て「……つくづく出たとこ勝負の人ですね」と半ば呆れたように呟くが、 その顔には微かな笑みが浮かんでいるのだった。かくして、ガッツとセルピコの決闘は、ここに決着を見ることとなった。

ガッツはさして感慨に耽るでもなくこの場から立ち去ろうとするが、その背中にイシドロが 「さっきのあれは本気だったのか?本気で斬り合ったのか?」と問いかける。「あぁ」と一言で済まそうとするガッツに、 イシドロはなおも食い下がろうとする。しかし、ガッツは「手を抜けるほどアイツは弱くねぇ。剣士ってのはそういうもんだ」 と振り返りもせずそう言い放って、一人歩を進めていくのだった。その言葉に納得いかなそうなイシドロに、セルピコは言う。 ガッツは本気ではあったが、剣には剣でという暗黙の条件に乗ってくれた上であった、と。そして、 ガッツが狂戦士の鎧の力を解き放つことがなかったことを自身の力不足のせいか或いは……とセルピコは一人自問しながら、その可能性に―― ガッツが鎧の力を自らの意志で封じていたという可能性に懸けてみるという決心に至るのだった。

「さっきの化け物が気になる。ぐずぐずしていると置いていくぞ」ガッツは立ち止まったままの仲間に声をかけ、彼らを急かす。「バケモノ」 の存在を知らなかったセルピコは、シールケから海辺で襲ってきた使い魔の仲間らしきものが宮殿に潜入していると説明され、 当時の状況と照らし合わせながら、クシャーンが使い魔を斥候や先兵として使っている可能性を口にする。それに対してガッツは 「だとしたら答えは一つだ。この都が近い内に戦場になるってことだ」と冷徹に断言し、ファルネーゼの身に危険が迫っていることを示唆する。 それを聞いたセルピコは顔色を変えて、道案内を自ら申し出るのだった。

その頃、舞踏会場にはヴァンディミオン家の当主が姿を現したところだった。法王庁圏の真の最高権力者とすら呼ばれる父を、 遠くから見つめるファルネーゼ。彼女と共にその場にいるマニフィコは、 タイミングを計ってロデリックとファルネーゼの婚約を公然にしようと試みるが、 肝心のファルネーゼがその場から消えていることに気がついて激しく狼狽する。セルピコが見当たらないことに不審を抱いたファルネーゼは、 セルピコを探しにいつの間にかその場を離れていたのだ。マニフィコは面目丸潰れとなり窮地に陥るが、この時彼らはまだ知らなかった。 自分達の知らない化け物が静かに、確実に接近しつつあることを――。

 


一週間遅れで更新です……。
さて、今回は色々と見どころが多いんですが、
まずはガッツVSセルピコの決闘は決着ですね。
前回、例の獣がちらりと覚醒しそうになっていたことや、
今回冒頭でドラ殺を振り下ろそうとする
ガッツの眼光の異様な鋭さなどから考えると、
ガッツはマジでセルピコを殺る気だった模様。
「たまたまだ」というガッツの言葉は案外本心からのもので、
降りかかってくる瓦礫に対応するために
結果的に峰打ちになっただけであり、
そうじゃなかったらセルピコをドラ殺で真っ二つにしていたのかも。
そう考えると、セルピコってのは相当の使い手ということになりますなあ。

次、ソーニャが示した戦火のビジョンの所以が、ここで明確になりました。
ただ、気になるのは新生鷹の団の動向でしょうか。
単にヴリタニスがクシャーンに攻め滅ぼされることを伝えたかったのか、
それともクシャーンと新生鷹の団が激突する結果なのか……。
次号は鷹の団を描いた短編らしいんで、そこら辺について補足されるといいですが。
それにしても、ファルネーゼの身に危険が迫っていると聞いて
顔色を変えるセルピコが、なんともカコ(・∀・)イイ!!ですね。
それと、シールケから差し出された魔法道具が
セルピコにまとわりついた時のなんとも言えない表情もイイ感じ。
今回の一連の話はセルピコの色々な表情が楽しめる回でした。

で、ラスト。
いやーマニフィコさん、素敵すぎw
前の回でロデリックと共に、自らの野心を熱く語って
株を急上昇させた彼だったんですが、
あの熱さも実はここで落とすための壮大な前振りだったというw
やっぱりマニフィコは、策に溺れる愛すべき小人物なんですなあ。
それと、紹介されようとする瞬間のロデリックの真面目な顔がまた最高ww
ファルネーゼが消えたことに彼も全然気がつかなかったんでしょうが、
隣にいる人間の動きくらい把握しとけよとw
この二人、もしかしたら最高のコンビかもしれんですな。
この二人に幸ある日が来ることがあるのか?!

さて、現在接近中の化け物なんですが、
ファルネーゼが会場から離れたことで展開が微妙になってきました。
セルピコは当然一行を会場に案内するでしょうが、肝心のファルネーゼがいないと。
化け物とバッティングしたガッツ一行が退治して、
ヴァンディミオン家当主に恩を売るのか。
それとも、後続の化け物(未描写)にファルネーゼが遭遇、
襲われてエライこっちゃになるのか。
うーむ、早く続きが読みたいぞ!

posted by 仙道勇人 at 19:01 | Comment(2) | TrackBack(1) | ベルセルク

2005年06月12日

「ミリオンダラー・ベイビー」を観る(From MM)

◆三位一体の奇跡のようなアンサンブルが織りなす魂のドラマ
(★★★★★)

 本年度のアカデミー四部門を独占した本作。評判通りの傑作、珠玉
 の逸品であります。
 
 細部に至るまで緻密に造形されたキャラクター、全てが計算され尽
 くされた言動など、全く無駄というものがないのは言うまでもない
 こと。
 
 驚かされるのは、そうした計算ずくの作品でありながら、登場する
 人物一人一人にどくどくと生々しい血が流れていることでしょう。
 
 とにかく全てが圧倒的なんですわ。
 
 この作品についてはイーストウッド自身
 
 「ボクシングの物語でないところに興味を持った。これはシンプル
 なラブストーリー、父と娘のラブストーリーだ」
 
 と語っているので、「ラブストーリー」という面から読み解くのが
 正道なのかもしれません。
 
 が、そうでありながらも「ボクシング映画」としての魅力も十二分
 に備えているのが、本作の素晴らしいところです。
 
 本作に登場する主要人物――マギー、フランキー、スクラップ(フリ
 ーマン)は、いずれもボクシングに全てを捧げきった人々。
 
 ボクシングが生きることの中心にドカッと鎮座していて、彼らはそ
 のことをとても誇りに思っているんですね。
 
 このことは現役から身を退いたスクラップの姿からも窺えるんです
 が、やはり現役の瀬戸際で踏ん張っているマギーの姿に濃密に現れ
 ています。
 
 31歳という年齢、正規の訓練も受けたことがない、自慢できるのは
 ただ「タフ」であるというだけ。
 
 マギーにとって、ボクサーとしての現実はとてもシビアなんですが、
 13歳からダイナーのウエイトレスとして働きづめで、故郷にはどう
 しようもない肉親達が雁首並べている実生活の現実もまた、とても
 シビアなものなんです。
 
 道具だって満足に買えない、そんな状況でも彼女がひたむきにボク
 シングに打ち込むのはなぜかと言えば、「楽しいから」。
 
 この言葉は、最近脚光を浴びるスポーツ選手達がこぞって口にして
 いるような気がしますが、彼女の言葉は彼らスポーツエリートの口
 にするものとは性質が自ずから異なるものです。
 
 絶望的な現実から眼を逸らすと言うよりも、絶望的な現実に覆い尽
 くされた毎日を送っているからこそ、そこで触れてしまった素晴ら
 しい何かに執着してしまうという心理。
 
 その想いの深さや大きさを描くには、肉体と精神を極限まで追い込
 まねばならないボクシングの地味な作業はまさにうってつけなんで
 すね。
 
 勿論こうした一連のボクシングシーンは、あくまでも作品の一部で
 あって全てではないので、最低限の描写に抑えられています。
 
 抑えられているんだけれども、ちりばめられたパーツを脳内で再構
 築してみると、マギーにとってのボクシングがどのような位置付け
 のものなのかがはっきりと解るんですよ。
 
 つまり、マギーにとってボクシングが「全て」なんだという事が。
 
 何一つまともなものを持っていないからこそ、唯一胸を張って「好
 きだ」と言えることが自分自身の存在証明のようなものになってし
 まっている、と言いますか。
 
 マギーにとってはそれがボクシングだったわけですが、これって別
 に彼女に限ったことじゃないと思うんですね。
 
 例えば恋愛の時かもしれないし、就職や進学の時かもしれない。
 
 何かを手に入れたくて、他者から馬鹿にされようが何を言われよう
 がひたすら頑張って、それでも手に入れられないというような現実
 に打ちのめされることって、多かれ少なかれ誰もが経験してること
 なんじゃないかと思うのです。
 
 そんな風に何か一つのものに自分のアイデンティティーを見出して、
 それを必死になって守ろうと足掻いたことがある人なら。
 
 現実に打ちのめされて自分自身のちっぽけさに絶望したことがある
 ような人なら、彼女の言動の全てに強く肯かされるじゃないでしょ
 うか。
 
 この作品の後半部は、こうしたマギーを筆頭にした人物描写の丁寧
 で繊細な積み重ねがあるからこそ、重々しいリアリティと切ない余
 韻を残すものとなっています。
 
 なお、結末については賛否両論あるようですが、ことこの作品に限っ
 ては否定する余地は全くありません。
 
 絶 無と断言できます。
 
 本作は、マギー、フランキー、スクラップ、三者の誰一人が欠けて
 もこの作品は成立しえないように、全てが周到に計算され尽くされ
 ていますから。
 
 その意味では、否定しようもなくただ受け容れるしかない、そんな
 人生の真理の一部を照らし出した作品、とも言えるんじゃないでしょ
 うか。
 
 これから観る人の中には、もしかしたら後半部で泣いてしまう人が
 いるかもしれませんが、どうか泣かずに最後まで見届けて欲しいと
 思います。
 

◆◇ 今週のキメウチ ◇◆

・とりあえず観に行くべし
・納得いかない人は三回見直すべし。

◆仙道の一言ぽつり:後から後からやってきます。


『ミリオンダラー・ベイビー』 2004年 アメリカ

  監督:クリント・イーストウッド
  脚本:ポール・ハギス
  出演:クリント・イーストウッド,ヒラリー・スワンク,
     モーガン・フリーマン,アンソニー・マッキー,
     ジェイ・バルチェル,マイク・コルター 他
                   http://www.md-baby.jp/



Powered by Mag2 Logo
posted by 仙道勇人 at 10:36 | Comment(44) | TrackBack(153) | メールマガジン

2005年06月05日

「50回目のファーストキス」を観る(From MM)

ハリウッド謹製・ロマンチックラブコメディー

20代から50代まで、ハワイに休暇に訪れる女性にとびっきりのヴァケーションタイムを約束するハワイの種馬野郎・ヘンリー(サンドラー)は、たまたま入った地元のダイナーでキュートな女性ルーシー(バリモア)と出会い、メロメロに。翌日も会う約束を取り付けた彼は喜び勇んで出かけるも、彼女は彼のことを知らないという。ヘンリーは戸惑いを隠せないが、彼女が事故により「前日のことを全て忘れてしまう」前記記憶喪失障害を抱えていると知り、ある決意をする。それは毎日彼女と初対面から始め、愛を告白し続けるという途方もない挑戦だった。
 
 
アダム・サンドラー&ドリュー・バリモアと言えば、ハートフルでキュートな傑作ラブコメディー「ウェディング・シンガー」('98)を思い出しますね。
 
実に六年ぶりの再競演を果たした本作でも、最高のコンビネーションを見せとります。
 
とにかく二人の息の合った演技は、観ていて安心感があるんですよね。
 
余裕を感じさせるリラックスしたムードが作品を覆っているので、存分に物語を堪能できること請け合いなのです。
 
本作の(本作「も」と言うべき?)サンドラーは、三枚目キャラのプレイボーイという役どころ。
 
そんな彼なので、ルーシーにアプローチする彼の姿には悲壮感とか辛さといった部分は全くないんです。
 
とにかく明るくコミカルに、夜討ち朝駆けの如く雨の日も風の日もせっせと彼女にモーションをかけていきます。
 
彼のアプローチには、時に怪しすぎるものも含まれる(そこが笑える)んで、一歩間違えるとストーカー扱いされかねないんです。
 
が、ルーシーは前日の彼の行動を覚えていないので、仮にまずいアプローチをしても、常に再挑戦することが許されているという仕掛けが本作のポイントでしょうね。
 
失敗も成功も含めて、大好きな女の子に振り向いて欲しいがためについついアホなことをやってしまう――そんな健気な男心が微笑ましいったらないんですわ。
 
ヘンリーのひたむきな姿に思わず頑張れと応援したくなっちゃうので、二人の恋が少しずつ進展していく過程は、そりゃもう温かい気持ちになれるのですよ。
 
でも、二人が結ばれてめでたしめでたし、とはならないんですね。
 
と言うのも、ルーシーが自分の存在が彼の重荷になっていると気がつき、別れを決めてしまうから。
 
ここで彼女の障害がクローズアップされるんですが、これがまた切ないんだ。
 
毎日毎日アプローチを重ねてやっと心が通じたはずの彼女なのに、アプローチすることが許されなくなった瞬間、自分の存在が彼女の中から完全に消滅してしまうわけですから。
 
それこそ全ての努力が水の泡なわけです。
 
彼女との思い出をたくさん抱えているヘンリーにしてみれば、自分の存在が抹殺されることほど辛いことはないわけで、それが作為でなければ尚更でしょう。
 
その後二人がどういう結末を迎えるかは是非劇場で観てもらいたいのですが、一つ言えるのはとてもユニークなアイディアを採用しているということです。
 
些か予想外なアイディアだったのですが、決して突飛でもなければ嘘くさいわけでもなく。
 
あり得るかどうかはともかくとして、あったとしても全然おかしくないというギリギリのリアリティが維持された秀逸な着想に、ちょびっとだけ感心させられてしまいました。
 
全体的に「ハリウッド的ウェルメイド感」が溢れる本作なのですが、どーしても気になってしまう点が一つ。
 
それは子供動物が意味不明に挿入されまくりなんですね。
 
まぁ、「子供の笑顔やかわいい仕草」とか「動物の面白かわいい仕草」がマーケティング的に極めて高い効果を発揮するってのはよくわかるんですけれども。
 
それにしたってこれはね……いくらなんでもやり過ぎでしょ。
 
ここまで徹底的にかつ執拗に挿入されると、
かわいさ余って憎さ百倍、正直萎え萎えなのでございます。
 
テレビじゃないんだから、視聴者受けを狙ってどうするんだ、ゴルァ!!と心の底から問い詰めたくなってしまうのは自分だけじゃないはず。
 
脚本も出演者も決して悪くないのに、この余りにもあざと過ぎる演出によって、本作の魅力が随分削がれているのはつくづく勿体なあと思ったのでした。
 
でもまぁ、物語はそのものは起承転結、完璧な四段構成が組まれているおかげで、最後まで飽きさせることはありません。
 
コミカルなヘンリーのパートとシリアスなルーシーのパートが、きれいな対比を成しているので、全体的に調和のとれた作品に仕上がっています。
 
致命的な部分が見当たらないので誰でも普通に楽しめると思いますが、どちらかと言うと、気楽にさっくりとカップルで観に行くのに最適なデートムービーなんじゃないかと思います。
 


今週のキメウチ
・動物と子供のカットがあざとすぎる
・デートにはうってつけの映画である
・切ないけれど、切なさ一辺倒の作品ではない。

『50回目のファーストキス』2004年 アメリカ
監督:ピーター・シーガル
脚本:ジョージ・ウィング
出演:ドリュー・バリモア アダム・サンドラー ロブ・シュナイダー
    ショーン・アスティン ダン・エイクロイド ルシア・ストラス
    エミー・ヒル ブレイク・クラーク 他
 
http://www.sonypictures.jp/movies/50firstdates/index.html


Powered by Mag2 Logo

posted by 仙道勇人 at 14:16 | Comment(8) | TrackBack(38) | メールマガジン

2005年06月02日

「ダニー・ザ・ドッグ」を観る

昨日のことになりますが、「ダニー・ザ・ドッグ」をアスミック試写室にて。

この作品は、「キス・オブ・ザ・ドラゴン」以来となる
リュック・ベッソン×ジェット・リーによるアクションドラマっす。
まぁ、「
クリムゾン・ リバー2」で散々な目に合わせてくれた
リュック・ベッソン脚本ということで、正直言って期待はしてませんでした。

がっ!

これがなかなかどうして楽しめる佳作にまとまっておりました。
リュック・ベッソンなので、例に漏れず突っ込みどころが満載なわけですが、
そういう細かいところに気を取られなければかなり満足出来る作品かと思われます。

今回、アクションの振り付けにユエン・ ウーピン(お馴染みっ!)が担当しているのですが、
この作品の彼はとてもイイ仕事をしています。
限定的でありながらも実に効果的なワイヤーアクションによって、
ジェット・リーの魅力が遺憾なく発揮されとります。
微妙にカンフーが混ざっているのはご愛敬ってことで、
ジェット・リーの狂犬のような無茶苦茶な戦い方が本当に圧倒的!
久々に彼のダイナミックなアクションに見惚れちまいましたです。

で、そのジェット・リーですが、今回彼は感情表現という新境地に挑戦していて、
まぁ、やはりまだまだぎこちないところはあるんですが、
そのぎこちなさが役柄とかぶってとてもイイ味を醸し出しています。
とにかく、「首輪」を嵌められた時の('A`)な状態と
「首輪」を外された瞬間に闘争本能が剥き出しになる状態のギャップが
とても巧みに使い分けられているのが実に効果的。
なだけに、「犬」として育てられた彼が、
少しずつ人間性を取り戻していく過程で見せる表情の一つ一つ
――笑ったり、照れたり、おどけたり――が胸を打たずにはおかないのですなあ。

最後に突き抜けるというエンディングではないので、
活劇的なカタルシスが得られないというのは好みの分かれる所でしょうが、
しみじみとしたラストが静かな感動、って言うか安心感を誘う作品でありました。

本作でジェット・リーは新境地を開拓したと言えると思うんですが、
それにしても東洋人が幼く見えるって言うのは本当ですな。
相手の少女は18歳という設定にもかかわらず、
ジェット・リーとのツーショットに何の違和感もないという……。
その年の割に子供っぽく見える風貌も、
この作品にはプラスに働いていたようです。

素晴らしいアクションと心振るわす感動、
確かに粗の多い脚本ではありますが、
今回はどっちもしっかり堪能できるんではないでしょうか。
とりあえず、出来るだけ大きなスクリーン+音響システムの良い劇場
で観ることをお薦めしたい作品です。

posted by 仙道勇人 at 23:04 | Comment(2) | TrackBack(10) | 試写報告

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。