2004年11月30日

【漫画】ベルセルク 第249話 『ささやかな晩餐』

無邪気そうな笑顔で手を差し延べるソーニャの「歓迎するわよ」という言葉に、シールケは戸惑いを隠せない。 ミールとド突き合いをしている幼稚なイシドロを見るにつけ、自分のいるべき場所かと心を揺るがされる。……が、視界の隅に、 大門の所で一人静かに佇むガッツの姿を見つけた時、シールケの気持ちは固まった。ソーニャらに別れを告げ、イシドロと共に歩き出すシールケ。 イシドロの不器用な詫びに、シールケもまた素直に謝意を告げ、二人は和解する。
イシドロとシールケを加えた一行は、街の宿屋でささやかな晩餐にありつく。ガッツによる「酒場心得」が一通り済んだ頃、 ファルネーゼに手を引かれて町娘の服に着替えたシールケが現れる。が、場違いな子供がいることに気分を害した酔漢にくってかかられ、 酒の飛沫でシールケの衣装が汚されてしまう。それを見たガッツは、問答無用で酔漢を殴りつけ、酒場は一転騒然となる。
訳の分からないまま乱闘の現場に放り出されたシールケだったが、しかし、 そんな馬鹿げた世界を当たり前のように受け容れ始めてている自分に気がつき、今更ながら驚かされるのだった。

うーん、今回のエピソードは味わい深いですなあ。 

まず、ラスト2頁のシールケの述懐がとてもよかった。結局のところ、魔術師というのは聖性を象徴する存在であるし、 更に子供であることから、シールケというのは人間の純粋な部分を一際強く感じさせるキャラ。そんなシールケの目を通して、 猥雑さや醜悪さといった人間の卑俗な部分に光を当ててるんですね。普通の漫画やファンタジーではこうした部分はまず描かないし、 切り捨てられるのが常なんですが、単なる露悪趣味に陥ることなく作品内できっちり描いてしまうベルセルクってのはイイ漫画だとつくづく思います。
元々そうした卑俗さというのは、人間の醜さに耐えらない(ナメクジ伯爵やロシーヌ)か、逆に欲望に魅了される(ワイアルド)ことで、 人が使徒化するという「使徒システム」でかなり表現されていたのですが、今回のように対極的な位置からでも巧みに表現してしまうのは、 やはり並みの漫画ではないです。

それと、今回の一連のエピソードは「居場所」にまつわる話だったのですが、ガッツが最後にシールケのことを「家(うち)のもん」 と呼んでいるのがとても印象的。これはシールケに限った話ではなく、ファルネーゼにしても、イシドロにしても、皆どこか「自分の居場所」 を探している風がありますね。ある意味で、そうした似たもの同士が「擬似的な家族」を作っているのが現状とも言えます。
これはガッツの成長という観点から見ても割と妥当な線。嘗て鷹の団で自分の居場所に気がつかなかったのは、 それが与えられたものだったから(メチャクチャひねくれてますが)。今のガッツの仲間達は、ガッツが自ら呼び込んだわけではないけれども、 彼自身の手(カリスマ)によって形成されたのは明らかですし、ガッツにしてみれば「二度失うわけにはいかない」 大切な仲間になりつつあるのでしょう。
まぁ、トロール狩りから帰還する際、待ち受ける一行を「なかま」と称したガッツですが、彼がずっと求めていたのは「家族」 だったような面もありますし、今の「疑似家族」的雰囲気は秘かに心満たされるものがあるかもしれませんね。

今回、ヤングアニマルの巻末目次で「二ヶ月に一度半日の休み、二日以上の休みなしが四年間続いている」 という驚愕のコメントが寄せられていますが、いやはや人間離れしたスケジュールとしか言いようがないですな。タイムマネジメントなんか、 かなりシビアなんだろうなぁと改めて思った次第です。死なないように休みは取ってください(涙)。

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posted by 仙道勇人 at 19:38 | Comment(0) | TrackBack(1) | ベルセルク
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