2005年02月10日

ベルセルク 第251話 『庭園にて』

ファルネーゼ不在の穴は想像以上に大きなものであった。 ガッツの看病に加えキャスカの世話まで一手に引き受けることとなったシールケの負担は桁違いに大きくなっていた。
一方、屋敷に留め置かれる形となったファルネーゼは、久しぶりに「令嬢」として不自由のない生活を味わっていた。 「何もできない自分の存在などは一行のお荷物にすぎない――」幾度となく繰り返されたであろう自問が、 今やファルネーゼに屋敷での安寧な生活を受け容れさせる免罪符になりつつあった。
そんなファルネーゼに近づき、彼女が旅の仲間のために船が必要なこと、更にその船がどうしても調達できないので、 父に助力を乞うために屋敷に戻ったことを言葉巧みに聞き出した兄マニフィコは、咄嗟に彼女を利用した計略を思いつき、 ある条件と引き替えに船の提供を申し出るのだった。
宿では手助けする者もなく、シールケの孤軍奮闘が続いていた。そこに綺麗な衣服を身に纏ったセルピコが戻ってくる。 小脇に大きな包みを抱えたセルピコは、一行に船の手配がついたこととファルネーゼがここには戻れなくなったことを静かに告げるのだった。


今回はサービスカットがてんこ盛りですな。
ファルネーゼとキャスカの湯浴みシーンに加え、シールケファンには堪らないカットが頻出。たまにはこういう回もよしとしましょう。一応、 今回のエピソードの収束点を暗示するフラグもきっちり立てているし。

さて、気になるのはマニフィコの申し出とファルネーゼの状況。それとセルピコが小脇に抱えていた大きな包み。 わざわざ持ってきたということは、船に関わる何かなのだろうか。うーむ、気になる。それにしても、なんかマニフィコって「策士策に溺れる」 のパターンを踏みそうな小悪党臭が芬々してて、個人的に好きですなあ。最後に酷い目にあって泣きをみそうな気配が漂ってる(苦笑)。 こういうキャラは賢しらな言動を印象づけておくと、もっていき方次第できれいなオチがつくのよね。ウフフ、今から楽しみだわー。

さて、話自体動きが少ないということもありますが、今回もガッツの出番は少な目。というか、 ベッドから身動きが取れないことをいいことにいいように弄くられててなかなか面白いです。こういう掛け合いって、 以前はパックが担当だったはずなんだけど、最近はイシドロ専従になってるからか今回はシールケにお鉢が回ってきたのかな。 となるとパックの存在意義がますます低くなるなあ。嘗てはリッケルトをして「きみが一緒にいるってことは、まだガッツが笑えるってこと」 と言わしめた頃のパックが懐かしい。パックの黄金時代はいつの間にか終わっていたのか……。

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posted by 仙道勇人 at 23:37 | Comment(0) | TrackBack(2) | ベルセルク
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