2005年09月18日

「バットマン・ビギンズ」を観る(From MM)

◆ バットマンはかく生まれり

 アメコミで最も有名なスーパーヒーローの一人、バットマン。
 
 これまでにも様々な監督がバットマンワールドを
 独自の感性で映像化してきましたね。
 
 今までの映画版がコミックの延長線にあるとすると、
 今回のバットマンは超リアル志向。
 
 NYの摩天楼を思わせるゴッサムシティを筆頭に、
 本作ではスーツからモビールに至るまで、
 実際に存在しそうなリアリティを徹底的に追求しとります。
 
 もう一つ、バットマンというと必ず登場するのが悪役ですね。
 これまでにも「ジョーカー」「怪人ペンギン」「Mr.フリーズ」と
 個性豊かでユニークな悪役が登場し、
 バットマンと死闘を演じてくれました。
 
 が、今回の敵役が非常に微妙。
 
 従来作と比較してしまうと、
 キャラ的にもどうしても物足りなさを感じちゃうんですね。
 
 作中ではドッカンドッカン結構なアクションが連発されているのに、
 観終わった後になぜか不完全燃焼感がつきまとうという……。
 
 バットマン好きの中には、
 「こんなのバットマンじゃねえええぇぇ」
 と叫びたくなる人もいるかもです。
 
 確かにこれまでの映画版と同じ感覚で観てしまうと、
 どうしても不満の残る作品に見えるのかもしれません。
 
 がっ!
 
 本作の脚本にはとんでもない仕掛けが施されてるんですよ。
 
 実はこの作品、バットマンワールドを解体した上で、
 ニーチェの思想を土台に再構築されてるんですわ。
 
 ブルース・ウェインとは何者なのか。
 ゴッサムシティとは何か。
 バットマンが戦い続ける意味は何か。
 
 そうした一切が、全てニーチェの思想に基づいて脚色がなされてる
 んです。
 
 正直言いまして、ここまでニーチェの思想を咀嚼しながら、
 娯楽アクション映画として成立させているということ自体、
 殆ど奇跡に近いと言っていい「事件」です。
 
 細かい説明はここでは無理なんで、
 一番分かりやすい部分だけ例に挙げましょう。
 
 本作では「なぜ転落するのか?――それは這い上がるためだ!」
 という印象的な台詞が何度か繰り返されますが、
 これがもうあからさまにニーチェ的なんです。
 
 「転落=没落」と「這い上がること=上昇する意志」
 っていうのは「ツァラトゥストラはこう言った」で、
 何度も言及されるニーチェの根本的な態度なんですね。
 
 この本の中で、ニーチェは
 預言者ツァラトゥストラを彼の理想のために没落させています。
 
 全く同じように本作冒頭のブルース・ウェインも、
 自らの理想のために悪の世界に転落しています。
 その後、バットマンとなるための力を身につけるという展開は、
 このツァラトゥストラを踏襲したものとなっているわけです。
 
 また、本作ではブルース・ウェインがバットマンとなる過程で
 精神的試練を乗り越える姿が描かれているんですが、
 これも「ツァラトゥストラ〜」の「三段の変化」という章で
 述べられている部分と完璧に合致するよう描かれてます。
 
 ……まだまだ根拠はあるんですが、
 こうして作品を見渡せば見渡すほど、
 本作にはニーチェの影が色濃く覆っていることが分かるんですね。
 
 
 そうした視点で描かれる本作のバットマン像は、
 もはや従来の「悪をもって悪を制す」というような
 単なる「ダークヒーロー」とはかけ離れた存在になっています。
 つまり、ニーチェ思想の真なる実践者、
 「超人への道をひたむきに歩んでいく孤独な実践者」なんですね。
 本作に感じる違和感があるとすれば、
 この両者のギャップゆえなんじゃないかと思います。
 
 バットマンの苦悩を単純な「善悪論」に基づくものではなく、
 ニーチェ的な葛藤として捉え直しながら、
 バットマンワールドを完璧に維持している本作は、
 アメコミの実写版などという狭っこい枠組みを遥かに超えた
 途方もない傑作と言えます。

(★★★★★)

◆◇ 今週のキメウチ ◇◆

・ニーチェ好きならとにかく行くべし。
・今までの映画版は忘れるが大吉
・アクション映画としてもきっちり楽しめる。
仙道の一言ぽつり:ケイティ、どうしちゃったんだ、ケイティ……

<追記>
できればニーチェとの関連をより詳細に論じたモノを書きたいのですが、
時間が……(泣)。
でも本当に凄いんです、この脚本!
ちなみにバットマンは上述の通り、ツァラトゥストラなんですが、
(作中でもビルから街を見下ろすバットマンというショットが
何度か挿入されていましたが、アレはツァラトゥストラのイメージそのまま)
ブルース・ウェインはニーチェの言うところの『貴族的な人間』です。

バットマン・ビギンズ 2004年 アメリカ
  監督:クリストファー・ノーラン
  脚本:クリストファー・ノーラン,デヴィッド・S・ゴイヤー
  出演:クリスチャン・ベール,リーアム・ニーソン
     モーガン・フリーマン,ゲイリー・オールドマン,
     渡辺謙,ケイティ・ホームズ, ルトガー・ハウアー 他
http://www.batman-begins.jp/

 

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2005年07月23日

「おまけつき新婚生活」(From MM)

◆ 元気すぎるおばあちゃんは嫌いですか?

 またまたバリモアたん主演の本作、今度のお相手はハリウッドコメ
 ディの貴公子ことベン・スティラーでございます。
 
 ベン・スティラー主演ではありますが、本作は下ネタ炸裂のおバカ
 自慢ではなくて、シニカルさが売りの黒い笑いの方。
 
 「Duplex=二世帯住宅」という原題の通り、本作はNYはブルックリ
 ンの閑静な一角にある瀟洒な二世帯住宅を舞台にしたシチュエーショ
 ンコメディです。
 
 破格の値段で売りに出されていたこの二世帯住宅、それにはワケが
 あって、上階をおばあちゃんが間借りしているんですな。
 
 そんな「オマケ」がついた物件ながら、実際に挨拶してみたらかな
 り病弱そうな感じ。
 
 コイツは長くはもつまい( ̄ー ̄)ニヤリ
 
 と踏んだベン×ドリュー夫婦は、キヨブタの思いで購入を決意、念
 願のマイホームで甘い甘い新婚生活を満喫する……はずだったんで
 すが、90を超えているはずのこのおばあちゃん。
 
 これがかなり元気っ!
 
 言質を取るのが上手い、自分のペースに引き込むのが上手い、近所
 迷惑顧みないと、弾けまくっとるんですわ。
 
 要するに、この小悪魔おばあちゃんこそが、本作の真の主役なんで
 すね。
 
 本作は、このおばあちゃんにどんどんペースを狂わされて、あり得
 ない方へあり得ない方へと追いつめられていく二人の姿をコミカル
 に描いとるわけですが、作品を楽しめるかどうかは、彼女の言動に
 萌えられるか……いや違う、受け容れられるかにかかっている部分
 が極めて大きいと言えるかもしれませんです。
 
 
 ベン・スティラーは、もう殆ど貫禄ものの余裕を感じさせますね。
 お約束的なモノもきっちりこなしてるんで、見ていて安心感があり
 ます。
 
 一方のドリュー。ぶっちゃけ「50回目のファーストキス」だと、
 
 キュートさを意図的に押し出してませんかー?
 
 と感じてしまう部分が微妙にあったりなかったりしたんですが、こ
 ちらでは至って自然体な感じ。ベン・スティラーと一緒に楽しんで
 る様子が伝わってきます。
 
 
 ダニー・デヴィート監督作品ということもあって、全体的にブラッ
 ク風味の作品なんですが、脚本を書いているラリー・ドイルは元シ
 ンプソンズの脚本家という経歴の持ち主。
 
 本作で映画デビューということもあって、人物造形や話の展開など
 に漫画チックな雰囲気を濃厚に湛えとります。
 
 特に話のオチなんかも、いかにもシンプソンズにありそうな……と
 はつまり、非現実的である一方で「チャンチャン♪」ときれいにま
 とめられているんで、そこら辺に目くじらを立てちゃう人は気をつ
 けた方がいいでしょうね。
 
 なんにせよ、シンプソンズが好きな人なら「実写版シンプソンズ」
 のノリで結構楽しめるはず。
 
 ま、万人受けする作風ではないんで、好きな人なら手を叩いて楽し
 めるシーンがてんこ盛りである一方、ダメな人はクスリともできな
 い、そんなかなり人を選ぶ作品なのであります。
 
 ちなみに、仙道は後半の常軌を逸していく展開に
 
 「ありえない、ありえない、ありえない……」
 
 と内心呟きながらも、思わずププッとさせられちまいました。
 
(★★★)

おまけつき新婚生活 2003年 アメリカ
  監督:ダニー・デヴィート
  脚本:ラリー・ドイル
  出演:ベン・スティラー,ドリュー・バリモア,
     アイリーン・エッセル,ハーヴェイ・ファイアスタン
     ジュスティン・セロー,ジェームズ・レマー 他
http://www.omaketuki-movie.jp/

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2005年06月29日

「ダニー・ザ・ドッグ」を観る(From MM)

◆ 今度のジェット・リーは一味違うぞっ!

 殺人マシーンとして育てられ、戦うことしか知らなかった青年ダニー(ジェット・リー)が、 人間として目覚めていく姿を圧倒的なアクションと共に描いた本作。
 
 リュック・ベッソン×ジェット・リーは「キス・オブ・ザ・ドラゴン」以来の顔合わせとなるわけですが、相変わらずのリュック・ ベッソン的クオリティが炸裂しまくりです。
 
 とにかく脚本に突っ込みどころが多すぎて、数え上げたらきりがないんですわ。
 
 でも、脚本の至らなさをアクションシーンとテンポの良い演出で、可能な限り帳消しにしたルイ・テリエ監督は本当に天晴れ!
 
 設定の薄っぺらさをものともせず、アクションとドラマの双方をたんと見せてくれます。
 
 この作品で注目したいのは、なんと言ってもジェット・リーその人ですね。
 
 「HERO」でクルクル踊らされていた彼ですが、本作ではカンフーの達人ではなく、我流の狂犬として気持ちいいくらい大暴れしてて、 久々に彼の体技を堪能できること請け合い。
 
 アクション振り付けを担当しているユエン・ウーピンが、最低限のワイヤーアクションで最大限の効果を引き出していて、ジェット・ リーという素材を活かした本当に良い仕事をしてます。
 
 でも、この作品で言うべきは、彼のアクションシーンではなくて、普通の「演技」の方。
 
 本作の彼は、首輪を嵌められ薄暗い地下室で飼われている孤独な青年という役どころ。
 
 そんな彼が盲目の調律師サム(モーガン・フリーマン)とその養女ヴィクトリア(ケリー・ コンドン)との暮らしの中で少しずつ人間性を回復させていく、という難しい演技に挑戦してるんです。
 
 まぁ、やっぱりぎこちないっちゃぎこちないです。
 
 が、「闘犬」 として扱われているときの無表情とそこから脱却していく過程で見せる生き生きした表情の対比が本当にイイ味を出しとるんですよ。
 
 「英語が不得手」「繊細な感情表現、殆ど経験なし」というジェット・リーだからこそ、その「素の不器用さ」 がダニーというキャラクターにリアリティを添えとるんですな。
 
 特にジェット・リーが時々見せる、子供のように無邪気な表情や仕草がたまらなくイイのです。
 
 描かれるのはスーパーで買い物するとか、学校の帰りに寄り道して買い食いをするとか、本当に些細なことばかり。
 
 そんなありふれたことにも初めて接して喜ぶダニーの姿からは、「普通」 であることの素晴らしさ・かけがえのなさがストレートに伝わってくるんですなあ。
 
 ただ、そんなヒューマンな部分に拘った作品なので、幕切れにアクション映画的カタルシスはありまへん。
 
 幕切れそのものは凄く印象的ではあるんですが、細部の浅さ・ 詰めの甘さのせいで、問答無用に胸を打つというレベルにまでは至っていないのがつくづく惜しまれますね。
 
 まぁ、この余韻を殆ど感じさせないところが、リュック・ベッソン的クオリティの悲しい限界なのかもしれませんけど。


ダニー・ザ・ドッグ 2004年 フランス=アメリカ
  監督:ルイ・レテリエ
  脚本:リュック・ベッソン
  出演:ジェット・リー,モーガン・フリーマン,
     ボブ・ホスキンス,ケリー・コンドン,マイケル・ジェン,
     ヴィンセント・レーガン,ディラン・ブラウン 他
http://dannythedog.jp/



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2005年06月12日

「ミリオンダラー・ベイビー」を観る(From MM)

◆三位一体の奇跡のようなアンサンブルが織りなす魂のドラマ
(★★★★★)

 本年度のアカデミー四部門を独占した本作。評判通りの傑作、珠玉
 の逸品であります。
 
 細部に至るまで緻密に造形されたキャラクター、全てが計算され尽
 くされた言動など、全く無駄というものがないのは言うまでもない
 こと。
 
 驚かされるのは、そうした計算ずくの作品でありながら、登場する
 人物一人一人にどくどくと生々しい血が流れていることでしょう。
 
 とにかく全てが圧倒的なんですわ。
 
 この作品についてはイーストウッド自身
 
 「ボクシングの物語でないところに興味を持った。これはシンプル
 なラブストーリー、父と娘のラブストーリーだ」
 
 と語っているので、「ラブストーリー」という面から読み解くのが
 正道なのかもしれません。
 
 が、そうでありながらも「ボクシング映画」としての魅力も十二分
 に備えているのが、本作の素晴らしいところです。
 
 本作に登場する主要人物――マギー、フランキー、スクラップ(フリ
 ーマン)は、いずれもボクシングに全てを捧げきった人々。
 
 ボクシングが生きることの中心にドカッと鎮座していて、彼らはそ
 のことをとても誇りに思っているんですね。
 
 このことは現役から身を退いたスクラップの姿からも窺えるんです
 が、やはり現役の瀬戸際で踏ん張っているマギーの姿に濃密に現れ
 ています。
 
 31歳という年齢、正規の訓練も受けたことがない、自慢できるのは
 ただ「タフ」であるというだけ。
 
 マギーにとって、ボクサーとしての現実はとてもシビアなんですが、
 13歳からダイナーのウエイトレスとして働きづめで、故郷にはどう
 しようもない肉親達が雁首並べている実生活の現実もまた、とても
 シビアなものなんです。
 
 道具だって満足に買えない、そんな状況でも彼女がひたむきにボク
 シングに打ち込むのはなぜかと言えば、「楽しいから」。
 
 この言葉は、最近脚光を浴びるスポーツ選手達がこぞって口にして
 いるような気がしますが、彼女の言葉は彼らスポーツエリートの口
 にするものとは性質が自ずから異なるものです。
 
 絶望的な現実から眼を逸らすと言うよりも、絶望的な現実に覆い尽
 くされた毎日を送っているからこそ、そこで触れてしまった素晴ら
 しい何かに執着してしまうという心理。
 
 その想いの深さや大きさを描くには、肉体と精神を極限まで追い込
 まねばならないボクシングの地味な作業はまさにうってつけなんで
 すね。
 
 勿論こうした一連のボクシングシーンは、あくまでも作品の一部で
 あって全てではないので、最低限の描写に抑えられています。
 
 抑えられているんだけれども、ちりばめられたパーツを脳内で再構
 築してみると、マギーにとってのボクシングがどのような位置付け
 のものなのかがはっきりと解るんですよ。
 
 つまり、マギーにとってボクシングが「全て」なんだという事が。
 
 何一つまともなものを持っていないからこそ、唯一胸を張って「好
 きだ」と言えることが自分自身の存在証明のようなものになってし
 まっている、と言いますか。
 
 マギーにとってはそれがボクシングだったわけですが、これって別
 に彼女に限ったことじゃないと思うんですね。
 
 例えば恋愛の時かもしれないし、就職や進学の時かもしれない。
 
 何かを手に入れたくて、他者から馬鹿にされようが何を言われよう
 がひたすら頑張って、それでも手に入れられないというような現実
 に打ちのめされることって、多かれ少なかれ誰もが経験してること
 なんじゃないかと思うのです。
 
 そんな風に何か一つのものに自分のアイデンティティーを見出して、
 それを必死になって守ろうと足掻いたことがある人なら。
 
 現実に打ちのめされて自分自身のちっぽけさに絶望したことがある
 ような人なら、彼女の言動の全てに強く肯かされるじゃないでしょ
 うか。
 
 この作品の後半部は、こうしたマギーを筆頭にした人物描写の丁寧
 で繊細な積み重ねがあるからこそ、重々しいリアリティと切ない余
 韻を残すものとなっています。
 
 なお、結末については賛否両論あるようですが、ことこの作品に限っ
 ては否定する余地は全くありません。
 
 絶 無と断言できます。
 
 本作は、マギー、フランキー、スクラップ、三者の誰一人が欠けて
 もこの作品は成立しえないように、全てが周到に計算され尽くされ
 ていますから。
 
 その意味では、否定しようもなくただ受け容れるしかない、そんな
 人生の真理の一部を照らし出した作品、とも言えるんじゃないでしょ
 うか。
 
 これから観る人の中には、もしかしたら後半部で泣いてしまう人が
 いるかもしれませんが、どうか泣かずに最後まで見届けて欲しいと
 思います。
 

◆◇ 今週のキメウチ ◇◆

・とりあえず観に行くべし
・納得いかない人は三回見直すべし。

◆仙道の一言ぽつり:後から後からやってきます。


『ミリオンダラー・ベイビー』 2004年 アメリカ

  監督:クリント・イーストウッド
  脚本:ポール・ハギス
  出演:クリント・イーストウッド,ヒラリー・スワンク,
     モーガン・フリーマン,アンソニー・マッキー,
     ジェイ・バルチェル,マイク・コルター 他
                   http://www.md-baby.jp/



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posted by 仙道勇人 at 10:36 | Comment(44) | TrackBack(153) | メールマガジン

2005年06月05日

「50回目のファーストキス」を観る(From MM)

ハリウッド謹製・ロマンチックラブコメディー

20代から50代まで、ハワイに休暇に訪れる女性にとびっきりのヴァケーションタイムを約束するハワイの種馬野郎・ヘンリー(サンドラー)は、たまたま入った地元のダイナーでキュートな女性ルーシー(バリモア)と出会い、メロメロに。翌日も会う約束を取り付けた彼は喜び勇んで出かけるも、彼女は彼のことを知らないという。ヘンリーは戸惑いを隠せないが、彼女が事故により「前日のことを全て忘れてしまう」前記記憶喪失障害を抱えていると知り、ある決意をする。それは毎日彼女と初対面から始め、愛を告白し続けるという途方もない挑戦だった。
 
 
アダム・サンドラー&ドリュー・バリモアと言えば、ハートフルでキュートな傑作ラブコメディー「ウェディング・シンガー」('98)を思い出しますね。
 
実に六年ぶりの再競演を果たした本作でも、最高のコンビネーションを見せとります。
 
とにかく二人の息の合った演技は、観ていて安心感があるんですよね。
 
余裕を感じさせるリラックスしたムードが作品を覆っているので、存分に物語を堪能できること請け合いなのです。
 
本作の(本作「も」と言うべき?)サンドラーは、三枚目キャラのプレイボーイという役どころ。
 
そんな彼なので、ルーシーにアプローチする彼の姿には悲壮感とか辛さといった部分は全くないんです。
 
とにかく明るくコミカルに、夜討ち朝駆けの如く雨の日も風の日もせっせと彼女にモーションをかけていきます。
 
彼のアプローチには、時に怪しすぎるものも含まれる(そこが笑える)んで、一歩間違えるとストーカー扱いされかねないんです。
 
が、ルーシーは前日の彼の行動を覚えていないので、仮にまずいアプローチをしても、常に再挑戦することが許されているという仕掛けが本作のポイントでしょうね。
 
失敗も成功も含めて、大好きな女の子に振り向いて欲しいがためについついアホなことをやってしまう――そんな健気な男心が微笑ましいったらないんですわ。
 
ヘンリーのひたむきな姿に思わず頑張れと応援したくなっちゃうので、二人の恋が少しずつ進展していく過程は、そりゃもう温かい気持ちになれるのですよ。
 
でも、二人が結ばれてめでたしめでたし、とはならないんですね。
 
と言うのも、ルーシーが自分の存在が彼の重荷になっていると気がつき、別れを決めてしまうから。
 
ここで彼女の障害がクローズアップされるんですが、これがまた切ないんだ。
 
毎日毎日アプローチを重ねてやっと心が通じたはずの彼女なのに、アプローチすることが許されなくなった瞬間、自分の存在が彼女の中から完全に消滅してしまうわけですから。
 
それこそ全ての努力が水の泡なわけです。
 
彼女との思い出をたくさん抱えているヘンリーにしてみれば、自分の存在が抹殺されることほど辛いことはないわけで、それが作為でなければ尚更でしょう。
 
その後二人がどういう結末を迎えるかは是非劇場で観てもらいたいのですが、一つ言えるのはとてもユニークなアイディアを採用しているということです。
 
些か予想外なアイディアだったのですが、決して突飛でもなければ嘘くさいわけでもなく。
 
あり得るかどうかはともかくとして、あったとしても全然おかしくないというギリギリのリアリティが維持された秀逸な着想に、ちょびっとだけ感心させられてしまいました。
 
全体的に「ハリウッド的ウェルメイド感」が溢れる本作なのですが、どーしても気になってしまう点が一つ。
 
それは子供動物が意味不明に挿入されまくりなんですね。
 
まぁ、「子供の笑顔やかわいい仕草」とか「動物の面白かわいい仕草」がマーケティング的に極めて高い効果を発揮するってのはよくわかるんですけれども。
 
それにしたってこれはね……いくらなんでもやり過ぎでしょ。
 
ここまで徹底的にかつ執拗に挿入されると、
かわいさ余って憎さ百倍、正直萎え萎えなのでございます。
 
テレビじゃないんだから、視聴者受けを狙ってどうするんだ、ゴルァ!!と心の底から問い詰めたくなってしまうのは自分だけじゃないはず。
 
脚本も出演者も決して悪くないのに、この余りにもあざと過ぎる演出によって、本作の魅力が随分削がれているのはつくづく勿体なあと思ったのでした。
 
でもまぁ、物語はそのものは起承転結、完璧な四段構成が組まれているおかげで、最後まで飽きさせることはありません。
 
コミカルなヘンリーのパートとシリアスなルーシーのパートが、きれいな対比を成しているので、全体的に調和のとれた作品に仕上がっています。
 
致命的な部分が見当たらないので誰でも普通に楽しめると思いますが、どちらかと言うと、気楽にさっくりとカップルで観に行くのに最適なデートムービーなんじゃないかと思います。
 


今週のキメウチ
・動物と子供のカットがあざとすぎる
・デートにはうってつけの映画である
・切ないけれど、切なさ一辺倒の作品ではない。

『50回目のファーストキス』2004年 アメリカ
監督:ピーター・シーガル
脚本:ジョージ・ウィング
出演:ドリュー・バリモア アダム・サンドラー ロブ・シュナイダー
    ショーン・アスティン ダン・エイクロイド ルシア・ストラス
    エミー・ヒル ブレイク・クラーク 他
 
http://www.sonypictures.jp/movies/50firstdates/index.html


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posted by 仙道勇人 at 14:16 | Comment(8) | TrackBack(38) | メールマガジン

2005年05月20日

「バタフライ・エフェクト」を観る(From MM)

くそ、やられたっ!
 
これ、本作を観終わった直後のワタクシめの率直な感想です。
 
この作品は、ぶっちゃけ話に「深さ」はないんです。
 
が、そんなことを吹っ飛ばすくらいくらい「語り」が上手いんすね。
 
良い酒に気持ち良く酔わされた――そんな賛辞がほんとにしっくりくる作品で、 なんだか久しぶりに良質のSFを味あわせて貰った気分で実に後感のよろしいのです。
 
物語はと言いますと、少年時代から「記憶の断絶」という原因不明の症状に悩まされていた主人公・エヴァンが、 長じてその症状に秘められた真実を知り、その力をなんとか有効に使おうと悪戦苦闘するというもので、かなりシンプルな構図。
 
ただ、その「力」というのが「過去の自分に一時的に戻れる」というものだったために、 その力の行使によってエヴァンの予想を超えた事態が次から次へと降りかかるんですね。
 
つまりこれ、SFの古典的なネタの一つである「タイムスリップ」モノなんです。
 
本作の素晴らしいのは、この古典的なネタである「タイムスリップ」ものに切り離せない「タイムパラドックス」を、整合性をとるのではなくて、 寧ろ逆手にとって様々な形で主人公に直撃させている点ですね。
 
まさにカオス理論でいう「バタフライ効果」のように、ちょっとした過去の改変が「そんなはずではなかったのにっ!」 という予想外の未来の変容をもたらすわけです。
 
過去を改変するという大罪を犯すたびに、哀れなエヴァンはとんでもない事態にガンガン陥っていくんですが、彼の行動原理は私利私欲(まぁ、 私欲と言えば私欲なんですけども)ではなく、愛する人々への純粋な想いである点が、もうなんともたまらんわけですよ。
 
善意によって、愛する人々を地獄のどん底に突き落としていくわけですから。
 
事態がとんでもない方向に行けば行くほど、善人であるエヴァンはなんとかしてそれを修正しようと躍起になって、 それがまた新しい地獄の蓋を開けることになる皮肉。
 
でもそんな彼の姿から、人間のどうしようもない愚かさと素晴らしさが、自然な形で透けて見えるんですね。
 
しかもこうした一切が、実は幕切れに至るための壮大な前振りみたいなもんなんです。
 
実は本作のオチって、ラスト10分くらいからもうバレバレなんですよ。
 
話の流れ上、そうするしかないというところにまでもってかれてしまうんで。
 
ただ、明らかにオチが見えていながらも、その結末が実際に訪れた時にきっちりカタルシスがくるというミラクル。
 
これはもう、最高に心地好い予定調和なんです。
 
物語そのものが、この結末に向かって鑑賞者を誘導するよう実に巧みに組み立てられてるんで、エヴァンの最後にとる行動に 「(おとこ)やのぅ」 と思わずにはいられなくなるという……。
 
本作のキャッチコピーが言うように、「映画史上最も切ないハッピーエンド」であるかはともかくとて、 本作の鮮やかな幕切れに切なーーーーーーい気持ちがこみあげてくるのは間違いないでしょうね。
 
音響と映像も凝っているので、ぜひ劇場で観ることをお勧めしたい一本であります。

 

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posted by 仙道勇人 at 05:12 | Comment(10) | TrackBack(97) | メールマガジン

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