◆ バットマンはかく生まれり
アメコミで最も有名なスーパーヒーローの一人、バットマン。
これまでにも様々な監督がバットマンワールドを
独自の感性で映像化してきましたね。
今までの映画版がコミックの延長線にあるとすると、
今回のバットマンは超リアル志向。
NYの摩天楼を思わせるゴッサムシティを筆頭に、
本作ではスーツからモビールに至るまで、
実際に存在しそうなリアリティを徹底的に追求しとります。
もう一つ、バットマンというと必ず登場するのが悪役ですね。
これまでにも「ジョーカー」「怪人ペンギン」「Mr.フリーズ」と
個性豊かでユニークな悪役が登場し、
バットマンと死闘を演じてくれました。
が、今回の敵役が非常に微妙。
従来作と比較してしまうと、
キャラ的にもどうしても物足りなさを感じちゃうんですね。
作中ではドッカンドッカン結構なアクションが連発されているのに、
観終わった後になぜか不完全燃焼感がつきまとうという……。
バットマン好きの中には、
「こんなのバットマンじゃねえええぇぇ」
と叫びたくなる人もいるかもです。
確かにこれまでの映画版と同じ感覚で観てしまうと、
どうしても不満の残る作品に見えるのかもしれません。
がっ!
本作の脚本にはとんでもない仕掛けが施されてるんですよ。
実はこの作品、バットマンワールドを解体した上で、
ニーチェの思想を土台に再構築されてるんですわ。
ブルース・ウェインとは何者なのか。
ゴッサムシティとは何か。
バットマンが戦い続ける意味は何か。
そうした一切が、全てニーチェの思想に基づいて脚色がなされてる
んです。
正直言いまして、ここまでニーチェの思想を咀嚼しながら、
娯楽アクション映画として成立させているということ自体、
殆ど奇跡に近いと言っていい「事件」です。
細かい説明はここでは無理なんで、
一番分かりやすい部分だけ例に挙げましょう。
本作では「なぜ転落するのか?――それは這い上がるためだ!」
という印象的な台詞が何度か繰り返されますが、
これがもうあからさまにニーチェ的なんです。
「転落=没落」と「這い上がること=上昇する意志」
っていうのは「ツァラトゥストラはこう言った」で、
何度も言及されるニーチェの根本的な態度なんですね。
この本の中で、ニーチェは
預言者ツァラトゥストラを彼の理想のために没落させています。
全く同じように本作冒頭のブルース・ウェインも、
自らの理想のために悪の世界に転落しています。
その後、バットマンとなるための力を身につけるという展開は、
このツァラトゥストラを踏襲したものとなっているわけです。
また、本作ではブルース・ウェインがバットマンとなる過程で
精神的試練を乗り越える姿が描かれているんですが、
これも「ツァラトゥストラ〜」の「三段の変化」という章で
述べられている部分と完璧に合致するよう描かれてます。
……まだまだ根拠はあるんですが、
こうして作品を見渡せば見渡すほど、
本作にはニーチェの影が色濃く覆っていることが分かるんですね。
そうした視点で描かれる本作のバットマン像は、
もはや従来の「悪をもって悪を制す」というような
単なる「ダークヒーロー」とはかけ離れた存在になっています。
つまり、ニーチェ思想の真なる実践者、
「超人への道をひたむきに歩んでいく孤独な実践者」なんですね。
本作に感じる違和感があるとすれば、
この両者のギャップゆえなんじゃないかと思います。
バットマンの苦悩を単純な「善悪論」に基づくものではなく、
ニーチェ的な葛藤として捉え直しながら、
バットマンワールドを完璧に維持している本作は、
アメコミの実写版などという狭っこい枠組みを遥かに超えた
途方もない傑作と言えます。
(★★★★★)
◆◇ 今週のキメウチ ◇◆
・ニーチェ好きならとにかく行くべし。
・今までの映画版は忘れるが大吉
・アクション映画としてもきっちり楽しめる。
仙道の一言ぽつり:ケイティ、どうしちゃったんだ、ケイティ……
<追記>
できればニーチェとの関連をより詳細に論じたモノを書きたいのですが、
時間が……(泣)。
でも本当に凄いんです、この脚本!
ちなみにバットマンは上述の通り、ツァラトゥストラなんですが、
(作中でもビルから街を見下ろすバットマンというショットが
何度か挿入されていましたが、アレはツァラトゥストラのイメージそのまま)
ブルース・ウェインはニーチェの言うところの『貴族的な人間』です。
バットマン・ビギンズ 2004年 アメリカ
監督:クリストファー・ノーラン
脚本:クリストファー・ノーラン,デヴィッド・S・ゴイヤー
出演:クリスチャン・ベール,リーアム・ニーソン
モーガン・フリーマン,ゲイリー・オールドマン,
渡辺謙,ケイティ・ホームズ, ルトガー・ハウアー 他
http://www.batman-begins.jp/
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